この度は、堀内昌一さんに、テニス競技の観点から、「競技にとっての目の大切さ」についてお話をお伺いいたします。枝川先生にはスポーツ眼科医の視点からお話をお伺いしますので、よろしくお願いいたします。
まず、枝川先生と堀内先生の出会いのきっかけについてお話し頂きたいです。
枝川先生との出会いは、スポーツマネージメントを積極的に行われていた方からの紹介がきっかけでした。
私は大学でテニスの指導をしていて、右目があまり見えないために目にとてもコンプレックスがあって、どうしたら選手を育成できるかなと思っていた頃で、まず自分の目のことを知ろうという気持ちがあって先生を訪ねたのでした。
それまで、私の目を詳しく見てくれる人はいなかったのですが、いろいろな検査をして頂きましたね。
そうですね。堀内先生は、右目が弱視で視力も悪く、両眼視もありませんでした。
テニスのようなボールゲームは、両方の目で距離感を測るので、上手くなるには両眼視は必要だといわれています。
しかし、堀内先生のように片方の目の視力が悪く、両眼視がないにもかかわらず、日本トップクラスのテニス選手になられたことは凄いことだと思います。
スポーツ選手を見てきた眼科医として、とても衝撃を受けました。先生のおかげでスポーツにおいて、「見る」ことの概念が一変しました。
スポーツと目を研究している人の一部には、優秀な目を持っていないと優秀な選手になれないと考えている人がいます。
しかし、スポーツをしている人の中で堀内先生のように、目にハンディキャップがありながらスポーツをしている人は稀ではなく、そのような方が相談に来られることもあります。
そのとき、堀内先生のことをお話しさせて頂き、スポーツの能力は目の能力だけで決まるものではないことをお伝えしています。
私は右目がほとんど使えませんから、ボールを左目だけで見るのが癖で、それが自分の弱点でもありました。
フォアハンドは視野が広いのですが、バックハンドになるとどうしても見えず、左目で見なくてはいけないので、打つ時には体を開かなくてはいけません。そうするとストレートが打てないのです。
それを悟られないように、試合中には戦術的に演出もしていました。最近は、脳の研究の分野でも「脳の超適応」という言葉が使われるようになってきました。
私も、結果的に脳がとても適応してくれたのだなと今では思っています。
私も堀内先生が書かれている本を読ませて頂くと、堀内先生が片目の視力が悪いハンディキャップがあっても日本トップレベルのテニスプレイヤーになれたのは、テニスのプレー経験や脳の超適応などの要素を組み合わされたからだと思います。
枝川先生は、堀内先生の優れた「観察力」や、「見る力」についてとても感銘を受けていらっしゃいますよね?
堀内先生とお話をすると、優れた「観察力」を持ち合わせていらっしゃいます。
テニスは相手の心を読まなければならない。
要するに「予測力」がとても大事なのですが、もう一方で「予測させない」ことも大事です。
プレー中に、相手に手の内を悟らせないということですね。
そうです。相手への自分の見せ方が大事です。
「どう見るかだけではなく、どう見せるのか?」ということです。
「相手にどう見せるか」ということで印象に残っているのは、ヒンギス選手とサンチェス選手の全米オープン決勝戦です。
テレビでは、壮絶なラリーの後にヒンギス選手がクローズアップされました。その映像では、ヒンギス選手はサンチェス選手がうなだれて起き上がれないところまでもずっと見ているのです。
その後、ヒンギス選手は後ろを向き、サンチェス選手から見えないところでツライ顔をして呼吸を荒げていたのです。
ヒンギス選手はサンチェス選手にツライ状態を、プレー中はいっさい見せなかったのです。
ヒンギス選手は30mも離れている相手を観察して、「見る、見せない」という行為を意識して行っていたことに驚きました。
よく相手を観察しなさいということですね。
そうです、それがとても大事です。学生にテニスを教える立場になってからは、「相手を見る時間をもっと増やしなさい」と言っています。
学生はボールと自分のショットを見る時間はとても多いのですが、会場に入ってきた相手、ベンチに座っている時の相手、ポイントを奪われた時の相手の様子はあまり見ていません。
全てをよく見るべきなのです。
私はどちらかというとテニスを遅くから始めて、最初は上手くなかったので、「相手を見る」という時間がとても多かったのです。
そのおかげで、この時にこういうプレーをしたらよくなるだろうという情報を蓄積する能力が身についたと思います。
自分の短所を長所に変えるという考え方も、普通の選手とは違っていますね。
そうですね。指導していると、技術が高いのにゲームが上手くない学生も多いのです。
学生は、「ゲームは技術の積み上げ」だと思っているのですが、そこには相手との掛け合いの要素があることを知りません。
「掛け合いを見る力」をもっとつけるべきなのです。
また、私は学生が「どう見えているか」を知りたくて、先生にお願いして学生の視力だけでなく、様々な目の検査をしてもらったこともありましたよね。
「夕方になると勝てない、室内になるとミスが多い、自分で思っているほどボールが見えていない」などの選手の悩みは、目が原因だったことがわかり、とても助かりました。
普通の選手であれば、「ボールが見え、打てて当然」という感覚を持ってプレーしていますが、先生は目のことで苦労されていたので、普通の選手よりもゲームや相手選手のことを、様々な要素で分析されていたことが指導のノウハウに活かされているのだと思います。
普通の選手は打っているときの時間は相手選手に集中しますが、それ以外の時は相手選手にあまり集中をしていません。
しかし、テニスは打っていない時間が9割以上あるので、私は打っていない時間も、集中して相手選手を観察していました。
すると、相手選手のことを色々と知ることができ、ゲームではとても役立ちました。
また、試合中は、時間の使い方がとても大切なので、学生たちには「もっと集中して見る時間を増やしなさい」とも言っています。
このような話を学生にすると、学生はプレー中の「見る時間」の配分が変わり、プレーも変わります。
以前、先生は学生と一緒にテニスの試合を見られていて、「相手の選手がどこを狙ってサーブを打つかを全部当てられた」とおっしゃられていました。
やはり相手選手の動きを、こと細かに見ているわけですよね?
もちろんそうです。また、重要なのはゲームを俯瞰して見ることです。自分の視点からの状況だけで判断すると、状況判断を誤ることがあります。
天井から見ている視点、自分が見ている視点、相手目線から見ている視点などから全体を、「俯瞰して見る」ことがとても重要なのです。
テニスでは、若手選手はボールを打つことばかりに集中してしまい、様々な視点を持っているベテラン選手に翻弄されることがよくあります。
学生には「見る力」について、よく伝えています。
テニスの指導をしている中で、成長過程のアマチュア選手・学生選手にとっては、視力がプレースタイルへ与える影響が大きいという話もあるのでしょうか?
視力の状態次第で、テニスのプレースタイルにまで影響が出ることもあると思います。
例えば、はっきりと見えていない選手は、ボールが飛んでくるまでの時間が短く感じるために、ネットからどんどん後ろに離れて、無意識に自分が、「見るための時間」を作っていることがあります。
見えてないと前に出て来られないのですね。
特にネットの近くでのプレーは、選手は「見るための時間」がとても短いので、視力が悪い選手は常にネットから離れてプレーするようなプレースタイルになってしまいます。
以前、「なぜいつもこんなに下がって打つのだろう?」と、疑問に思っている学生がいました。
そのプレースタイルは、小さいころからの習慣で出来上がっているのかなと思っていましたが、後でその学生は視力が悪かったことがわかり、ネットから離れてプレーをしていたのは、「見るための時間」を作るためだったことがわかりました。
その原因には、本人も気づかないものですね。
そうですね。視力の悪い選手は、相手をよく見る時間が少なくなり、ネットプレーへの苦手意識を持ってしまう可能性があります。
そうなると、その選手が長年作り上げたプレースタイルを修正しなければならず、その修正も長い時間がかかってしまうので、学生やアマチュア選手も早いうちに視力の状態を把握した方がよいと思います。
目の問題が解決できれば、プレースタイルも変わるのですか?
変わる可能性があります。
選手が、「正しく見えているのか、どれだけ見えているのか、どのように見えているのか」などを詳しく知ることは、選手が判断力をつけるためにはとても大切で、そのためには選手の目は小さいころから気をつけた方がよいでしょう。
また、「視点」の話になりますが、テニスは自分が見ているところと、ボールが当たっているところが違います。これは野球もゴルフもそうです。私は身長が172㎝ぐらいですが、160㎝ぐらいの方とは随分と視点が違うわけです。
指導の際、必ず自分の視点とラケットの視点の違いを説明します。自分ではネットの上から見ていても、ラケットは低い位置です。ラケットの視点は自分より下であることを学生にしっかりと見せます。ラケットの位置まで来させて見せるのです。
そうすると、自分の視点とラケットの視点の違いがわかって、「サーブの視点はここだ」とわかるのです。サーブは、自分の身長の1.5倍の位置から打つことになります。
「ここからなら入る、ここからは入らない」という誤差をどれだけ補うかも大事です。感覚的なものではなく、見せて理解させることをしています。
そういった視点についても考えているのですね。ラケットの位置、ボール、身長も違うと、人それぞれ見えているものが違いますね。
私はテニスの留学でアメリカの大学に行ったのですが、その時は軍隊の士官学校へ入りましたので、ライフル射撃の訓練をしなくてはいけませんでした。
ライフル射撃は自分の視点とスコープが同一の視点です。構えて打つとピシッと当たります。ところがテニスは、目で見たものと実際に打つところは違うのです。
そういった説明をすると学生も「視点」の違いをよくわかってくれます。
そういう感覚や観点から、「視点について」教えている方は、おそらくテニス監督の中でも堀内先生だけではないかと思います。
試合でも目を酷使するテニス選手にとっては目のケアも重要ですよね?
目のケアも大事ですね。以前、真夏の試合のときにサングラス着用や目薬の使い方などのアドバイスを頂いたときはとても助けられました。
今までサングラスをして試合をするという概念が、日本のテニス選手にはありませんでした。
また、目薬も目に何か異常があったときにしか使用しないという認識でした。
目の機能を整えるということで、目薬を使うこともお勧めしました。
そのアドバイスを頂いてから、安心して積極的に活用しています。
夏場の試合は紫外線が強く、どうしても目の負担が大きいですからね。
テニス選手は、プロでもほとんどサングラスをしていないようです。
ルール的には自由なはずですが、皆さんあまり使用していませんよね?
野外の暑い中で紫外線にずっと当たっているわけですから、そういった目の保護やケアも大事なことです。
ゲーム後半で疲労したときに、目がしょぼしょぼしてボールがかすむという選手にも対策ができるようになりました。
とくに、疲れて集中力が落ちてきた時、自分が「どう見るのか」を意識することは、テニス選手には大事ですね。
テニスは1日に5、6試合を行うこともありますから、目のコンデションを整えて、眼の機能を安定させてゲームに臨むことは重要だと思います。
フィジカルのテストをするときにも、スポーツ選手はそのスポーツに応じた専門的な検査が大事だと思っています。
目も同様だと思います。その点、スポーツ眼科の存在はとてもありがたいですよ。
個々の目の状態を知るためには検査だけでは不十分で、きめ細かい問診や診察が必要だと考えています。
コーチと選手が、「見えている」という感覚が同じだと思っていても、実際に問診や診察をすると、コーチと選手の間に感覚のギャップがあることが多いようです。
日本では、1人の指導者が同じ選手を10年間ずっと教えるということは稀です。
小学校、中学校、高校と進学するたびに指導者が変わっていくことが多いからです。
私も大学では基本的に4年間しか教えられないので、最近ではそれまで選手を担当されていた高校の先生やテニスクラブのコーチに、これまでの選手についての情報をしっかりと教えて欲しいと言っています。
目についての情報も分かっていれば、より指導に活かせると考えられます。
日本のスポーツ指導の分野では、まだこういった情報の引き継ぎがうまく出来ません。
これまでどういう背景でスポーツに取り組んできたのかを知ることができる、スポーツカルテのようなものを統一で作りたいとも考えています。
確かにそれは必要だと思います。
テニスだけでなく他の競技も、選手のメンタルやフィジカルの状態、また目の状態を子どもの頃から継続的に把握することは、とても大事だと思います。
プロ・アマ問わず、テニス選手に目の状態を把握して頂くためにも、ぜひスポーツ眼科の存在を知って頂きたいですね。
本日は、テニスの観点から、「競技にとっての目の大切さ」についてお話をお伺いすることが出来ました。ありがとうございました。
堀内 昌一
SHOICHI HORIUCHI
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【プロフィール】亜細亜大学法学部教授/テニス部総監督
【経歴 】亜細亜大学教授。亜細亜大学テニス部監督として、関東リーグでは男子5連覇、女子8連覇、全日本大学王座決定試合では男子2回、女子3回優勝へ導く。選手時代は83年ユニバーシアード代表、85、86年ジャパンオープン出場を果たした。また、87~89年ワールドユース日本代表チーム監督、オレンジボウル、ウインブルドンジュニア遠征監督、99年ユニバーシアード・スペイン大会の日本代表チーム監督を歴任。