スポーツビジョン


私たちがスポーツをするとき、刻々と変化する状況を様々な感覚器官から感じ取り、その状況で最適と思われる行動を選択していますが、そのとき眼からは全情報量の8割が取り入れられているといわれています。そのため、スポーツにおける眼の役割については様々な分野で注目されて研究が行われています。そのひとつがスポーツビジョンです。今回はスポーツビジョンの分野だけでなく、他の分野の研究の成果も含めてスポーツにおける眼の役割について解説したいと思います。
スポーツビジョンとは
スポーツで重要な眼の機能
ビジュアルトレーニングについて
さいごに

スポーツビジョンとは

 スポーツビジョンは1970年代にアメリカの眼鏡関係者によって提案されたもので、現在もそれらの人々の作る団体が活動を行なっています。スポーツビジョンは競技におけるパフォーマンスや成績を視覚の観点から捉えたものですが、次の点が強調されています。「優秀な競技者は優れた視覚能力を持っている。したがって、優秀な競技者になるには優れた視覚能力を持たなければならない。そのためには、視覚能力をトレーニングすることが必要である。」スポーツビジョンではこのような点を中心とした研究が行われています。  現在スポーツに関連する眼の機能の研究は、スポーツビジョン分野だけでなく、他の分野でも進められています。さまざまな分野の研究結果から、眼の機能が低下するとスポーツパフォーマンスは低下することは一致しているようですが、スポーツビジョン分野の研究で強調されている優れたパフォーマンスを発揮する競技者が優れた眼の機能を持っていることについては、肯定する報告と否定する報告があって結論は出ていません。

 

●スポーツで重要な眼の機能
  アメリカのあるスポーツビジョン団体の検査項目をあげると表1のようになります。これらの項目の中で特にパフォーマンスと関連する項目について説明をしたいと思います。

1) 視力

視力は物を見分けられる能力で、スポーツをするときに最も重要な眼の機能です。視力は止まっているものを見分ける能力として静止視力、動いているものを見分ける能力として動体視力と区別することもあります。動体視力には、前方から近づいてくるものを見ることのできる動体視力KVA(Kinetic Visual Acuity) と、左右に動くものを見ることのできる動体視力DVA(Dynamic Visual Acuity) の2種類があるといわれています。現在のところ静止視力については生理学的な根拠は明らかですが、動体視力の能力についてはその根拠ははっきりとはしておらず、その解釈は研究者によって様々です。したがって、視力のなかで静止視力はスポーツパフォーマンスを決定する重要な要素としてあげることはできますが、動体視力をあげることはできません。

2) 眼球運動

 競技者が動きながら対象をしっかりと見るためには2種類の眼球の運動能力が必要です。1つは対象を捉える眼球運動、もう1つは視線と身体の動きを補正する眼球運動です。

 対象を捉える眼球運動には、両方の眼球が同じ方向へゆっくりと動く(滑動性運動)、両方の眼球が同じ方向へすばやく動く(衝動性運動)、両方の眼球が反対方向へ動く(輻輳運動・開散運動)、両方の眼球が凝視したときに細かく動く(固視微動)などがあります。

 視線と身体の動きを補正する眼球運動には、視運動性運動と前庭性運動などの眼球運動があります。

 眼球運動の能力が低下すると競技者は対象物をしっかりと見ることができなくなり、スポーツパフォーマンスは悪くなります。しかし、スポーツ経験によって、輻輳運動・開散運動や固視微動以外の眼球運動は、的確に行なえるようになり、スポーツのパフォーマンスが高まる可能性があるとの報告があります。

 

3)調節

 調節は遠方や近方の対象物にすばやく正確にピントを合わせる能力です。スポーツで重要となる調節機能には、調節力と調節スピードがあります。調節力はどのくらいの距離の対象までピントを合わせることができるかを表わす能力で、調節スピードは対象にどのくらいすばやくピントを合わせることができるかを表わす能力です。

 調節の機能が低下すると、対象にピントをすばやく正確に合わせることができなくなることから対象物はぼやけるようになり、スポーツのパフォーマンスは悪くなります。調節機能はトレーニングが可能であるとの報告もありますが、この能力がスポーツのパフォーマンスにどの程度関与しているかは現在のところよくわかっていません。

  

4)両眼視(立体感覚・遠近感覚)

 スポーツでは自分と対象との位置関係を的確に知ることは大切です。そのためには立体感覚が必要です。立体感覚は脳が両方の眼からの情報を1つのまとまった情報として扱うことができなければ得られません。立体感覚には2種類のものがあります。1つは左右の眼に映る像のずれから立体感を感じる静的立体視(立体視)、他の1つはそれに遠方や近方への動きが加わって奥行きや前後関係を感じる動的立体視(深視力)です。この能力のおかげで私たちは周囲のものを立体的に感じることや遠近感を感じることができます。両眼視の能力が低下すると、立体感覚や遠近感覚が悪くなって対象と自分の位置関係を的確に捉えることができなくなり、スポーツのパフォーマンスは悪くなります。

   

5)中心部・周辺部の感知力(視野)

 通常、視野とはまっすぐに視線を固定したときに見える範囲のことですが、視野は中心部と周辺部で働きは異なります。対象物を詳細に見る能力は、視野の中心部が優れています。しかし、光や動くものを敏感に感じることや安定した姿勢を保つためには視野の周辺部が重要な役割をはたしています。スポーツの場面で必要とされる競技者の視野は、通常の視野だけでなく眼や身体を動かして得られる視野も含んだ総合的なものです。したがって、スポーツの場面で広い視野を持とうとするならば、視野の機能が正常であるだけでなく、眼と身体がうまく協調して働いて、なるべく広い範囲の視野から必要な情報をが獲得するという能力も必要です。これらの能力が低下すると、競技者は広い範囲の視野から必要な情報を獲得すことはできなくなり、スポーツのパフォーマンスは悪くなります。

   

 
●ビジュアルトレーニングについて

 スポーツビジョンでは視覚を向上させる方法として、視力矯正とビジュアルトレーニングを提唱しています。視力矯正は、屈折異常(近視・乱視・遠視)による視力の低下を、コンタクトレンズや眼鏡や手術などで改善させることです。ビジュアルトレーニングは、視覚をトレーニングさせて現在持っている視覚能力をより一層向上させようとするものです。

 スポーツビジョンのビジュアルトレーニングの方法については、以前から多くの人が独自のトレーニング方法を提案していますが、実際の現場でのトレーニングよりも擬似的な環境でのトレーニングを推奨しています。そのために、最近は器械を使ったトレーニング方法も提案されています。ビジュアルトレーニングの有効性については、スポーツビジョン以外の分野では疑問がもたれています。その理由として、提案されているビジュアルトレーニングは提案した人のオリジナルプログラムに沿って行われるために、効果の客観的な評価ができないことや、器械を使ったビジュアルトレーニングでは、トレーニングしている視覚の状況が実際のスポーツをしているときの状況とは著しく異なることがあげられています。

 また、競技能力や競技成績がビジュアルトレーニングによって向上することについては、競技能力や競技成績が、身体能力、メンタル能力、経験など多様な要素から成立していることから考えても疑問視されています。したがって、現在提案されているビジュアルトレーニングの有効性については慎重に判断する必要があるように思います。

 

 
●さいごに

 眼はスポーツをするときには大切な役割を果たします。そのため眼とスポーツの関わりについては、スポーツビジョンの分野だけでなく、様々な分野で研究が行われています。しかし、スポーツビジョン分野とそれ以外の分野では、競技者の視覚能力、視覚と競技能力や競技成績との関係、視覚トレーニングがパフォーマンスや成績に与える効果などの研究結果には大きな差があるために、現在のところはっきりとした結論はでていません。今後スポーツにおける眼の役割についての研究は、さらに多くの分野で進んでゆくと思われます。そのなかから新しいことがわかってくるのではないかと期待しています。

 Sport JAST 且O省堂スポーツソフトから抜粋

 

 

 

表1 スポーツビジョン・マニュアル検査項目(IASV)

1.

視力検査

静止視力

動体視力

コントラスト感度

2.

眼球運動

滑動性眼球運動

衝動性眼球運動

輻輳・開散運動

3.

調節運動

4.

両眼視機能

5.

中心部・周辺部の感知力

6.

眼と手の協調性

7.

適応力

8.

視覚化能力